自分語り > 第2章 自我の芽生え
翌日、父が若い女性を伴ってやってきた。
帰ってきたというよりも、来た、と思った。
この女性を私は“おねえちゃん”と呼んだ。
私は自分の家に居るのではないような気分になっていたが、4人での生活が始まった。
幾日もしないでおばあちゃんがいなくなってしまった。
おねえちゃんが私に、内緒話でもするような口調で説明した。
「あのおばあちゃんね、いい人なんだけど、ちょっと困ったことがあってね。お買い物をしてくれるでしょ、例えば、ジャガイモを買って、それが20円だったとするとね、帳面に30円、って書いちゃうの。10円、自分がもらっちゃうのよ」
私はそれを嘘だと思った、そんなことない!おばあちゃんはそんなことしない。でも、黙っていた。
生まれて初めて知った、信じられない大人の話だった。
大人の世界、とでも言えばいいのか。
安いお給金でも、父とおねえちゃんに払えないお金なのだろうと、私は思った。
母は、毎月月末に、おばあちゃんにお給金を渡していた。
「少なくて悪いわね、いつもお世話さま」と言って。
おばあちゃんはそれを、押し戴くように畳に両手をついて受け取っていた、
「いやですよう、そんなことはありません、私もお世話になって」と恥ずかしそうに笑いながら。
やがて父はこの家を改造し始めた。
繋がっていた二間は完全に独立させ、板張りの家の中の台所が増築で出来上がった。濡れ縁だった朽ちた外廊下は、広い板張り廊下となり、父手造りのテーブルと椅子が置かれた。太陽がいっぱい入るハイカラな家になった。
果物の木があるのだけが取柄だった庭が、見違えるほどになった。それはまるで花園だった。円形に描いて花々が植えられ、小道ができていた。そこを歩くとお姫様になったような気分だった。
家も庭も様変わりしたのも束の間、父は、お姉ちゃんと私を連れて引越しをした。
それは新しかったけれど、畳の部屋ひと間に、少し広い板敷きの台所があるだけのアパートだった。
父は、板敷きの台所に、天井から釣る形で私のベッドを造った。
私の中で、父が男として映った。
それでも父は、天ぷらやジャジャメンなどお得意の料理を作ってくれた。父の料理は心が籠もっていて、とても美味しい。
私はいつも、父が晩酌するのを父の胡坐の中であれこれ食べながら、父にお相伴した。
時々、父はその顎を私のオデコにこすりつけた。チクチクする父のあごひげに私が悲鳴をあげるのを、父は楽しそうに笑っていた。
あの、父の広い温かい胸を、忘れない。
私は京王線、仙川の小学校に転入した。
今日もご縁を頂いてありがとうございました。
!VAYA CON DIOS!
あなたに幸あれ♪
自分語り 記事
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◆序章 緑の島
◆幼年時代
◆第2章 自我の芽生え